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Walaho-Haus

ヴァラホ家の紋章

ヴァラホ家独語:Walaho-Haus、 805年? - 891年)とは、中世のドイツフランケンの貴族である。ヴェルナー家(Werner-Haus)とも呼ばれる。

概要編集

805年ごろあたりから、ドイツ西部にあるライン川中域のライン=プファルツ~フランケン地方に勢力を持ったゲルマン系のフランク族の系統であるザーリ族(Sali)の有力部族であり、ブルグント貴族のグイード家(ヴィドー家/ギー=ガルニエ=ランベール家)とともにフランク王国のカロリング家を支えていた。後に、ドイツ王国の前身の東フランク王国の臣下となり、代々ヴォルムスガウ(ヴォームスガウ)伯およびシュパイアーガウ伯として、その存在を示していた。

家祖はヴェルナー1世であり、その子のヴェルナー2世の娘は、東フランク王のアルヌルフ2世の愛妾となり、その間に庶長子のロタリンギア王のツヴェンツィボルトを儲けている。

ヴェルナー2世の子であるヴェルナー3世を経て、ヴェルナー3世の子のヴェルナー4世フランスのロベール家のロベール3世の娘のオーダを娶り、娘のヴィルトルート(Wiltrud)を儲けたが、嗣子がないまま891年に逝去した。このためにヴァラホ家は断絶して、ヴォルムスガウ(ヴォームスガウ)伯およびシュパイアーガウ伯は、10年間も空位が続く状態であったが、その間にヴェルナー4世の娘のヴィルトルート(フランケン公・エーベルハルト3世の夫人)が代行した。

ようやく、901年にツヴェンツィボルトの末子であるザーリが、叔父である最後の東フランク王のルートヴィヒ4世幼童王の命で、3歳の幼年で従父(祖母の甥)であるヴェルナー4世の後継者として、ヴォルムスガウ(ヴォームスガウ)伯およびシュパイアーガウ伯を相続し、「ヴェルナー5世」としてザーリアー朝の祖となった。

歴代ヴァラホ家の君主編集

  1. ヴェルナー1世 : (756年? - 814年)ヴァラホ家の祖
  2. ヴェルナー2世 : (生没年不詳)東フランク王のアルヌルフ2世の岳父
  3. ヴェルナー3世 : (815年? - 850年/859年?)守成型の君主
  4. ヴェルナー4世 : (840年/845年? - 891年)850年にフランスのロベール家のロベール3世の娘のオーダと婚約して、成人して娶り娘のヴィルトルート(Wiltrud)を儲けるが、嗣子がなくヴァラホ家は断絶した
  5. ヴィルトルート : (879年? - 920年/933年)ヴェルナー4世の娘。父の死後にヴォルムスガウ(ヴォームスガウ)伯・シュパイアーガウ伯の地位を代行する。後にコンラーディン家(Konradin)のフランケン公・エーベルハルト3世(885年 - 939年、ドイツ王のコンラート1世若王の弟)と結婚した
  6. ヴェルナー5世(ザーリ)カロリング朝ツヴェンツィボルトの末子、ヴェルナー4世の養子、ザーリアー朝の祖

関連項目編集