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Julius Cä(ae)sar

ユリウス・ツェーザーの肖像

ユリウス・ツェーザー独語:Julius Cä(ae)sar、1586年 - 1609年)は、ドイツ南部の貴族でオーストリアハプスブルク朝の皇族・太子である。古代のローマ帝国の大将軍・ガイウス・ユリウス・カエザル(ゲイアス・ジュレィアス・スェィザー)を因んで、命名された。

生涯編集

オーストリア辺境伯&総督のマツィアス1世(後の神聖ローマ帝国の皇帝)とカタリーナ・シュトラーダ(Katharina Strada)との間に生まれた。異母兄にマツィアス2世(夭折)、同母兄にカール6世(夭折)、異母弟にマツィアス3世(ドイツ王・イタリア王・ローマ王)がいる。

兄たちが相次いで夭折したので、実質上のマツィアス1世の後継者となった。後に嗣子がなく生涯独身を貫いた神聖ローマ皇帝である伯父のルドルフ2世の養子となり、ドイツ王・イタリア王(ローマ王)に就任し、父からオーストリア辺境伯&総督の地位を世襲した。

しかし、数年後に病に罹り、嗣子がないまま24歳の若さで早世した。息子に先立たれたマツィアス1世は大いに慟哭して、末子のマツィアス3世を後継者とした。

1611年に父のマツィアス1世は錬金術に嵌り、政治を顧みない怠惰な兄(ユリウス・ツェーザーから見れば、伯父)のルドルフ2世に対してクーデターを起こして、退位に追い詰めて、自ら代わって翌1612年にマツィアス1世として即位した。

関連項目編集